いったい何が巧の「笛部」を鳴らしたのか
観客を置き去りにするエンディングについて
巧によれば、グランピング場の建設予定地は鹿の水場にあたっている。花を迎えにいく車中の会話で、巧は高橋と黛に次のように説明する。野生の鹿はひどく臆病で、基本的に人間に近づこうとしないし、決して人間を襲うこともない。ただし「半矢」の場合は別であると。
半矢というのは手負いの鹿のことを指す。たとえば子鹿が傷を負っていた場合、親鹿が子を守るために人間に立ち向かってきてもおかしくない。このとき、映画の序盤に鳴っていた鹿猟の銃声と、やはり序盤に登場する「半矢」となった後に絶命したと思われる子鹿の骨が、にわかに不穏な表情をまとって前景化してくる。
じっさい、映画終盤のこの場面の前後でも、鹿猟の銃声が再び轟き、子鹿の骨が再登場している。前半と同じ展開を反復しながらも、しかし、今回は前回とは違って高橋と黛という異分子が紛れ込んでいる。この流れのなかで、黛は手に傷を負うことになる。
さて「手負い」の黛を残して捜索に繰り出した巧と高橋は、森を抜けた先にあるひらけた草原に、はたして花の姿をみとめる。花の前には親子と思われる鹿がおり、花と対峙している。
ここでカメラは、子鹿の身体に穿たれた銃槍と、そこから流れ出る血液をクロースアップで捉える。半矢の子鹿とその傍に控える親鹿。先ほど巧が危惧していた状況そのものである。慌てて花に駆け寄ろうとする高橋を制止した巧は、続けてあっと驚くような意外な行動に打って出る。何が起こったのかを理解する間もなく、呆然とする高橋と私たち観客を置き去りにして、映画はエンディングへと向かう。
それはあたかも体内にとどめていたはずの水がたちまちのうちに膨張し、暴発したかのようである。いったい何が巧の「笛部」を鳴らしたのか。