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キューブリックが生み出した戦場ー映像の魅力

『フルメタル・ジャケット』の1シーン【Getty Images】
映画フルメタルジャケットの劇中カットGetty Images

キューブリック作品の映像といえば、『2001年宇宙の旅』や『シャイニング』(1980)に見られる様式的かつシンメトリックな映像表現が引き合いに出されることが多いが、本作ではそこまで使用されていない(強いて言えばドーナツを食べるローレンスと、周囲で腕立て伏せをする海兵隊員たちのカットが挙げられるだろうか)。むしろ本作で注目すべきは、個々のカットより舞台となるベトナムそのものの設えだろう。

映画の撮影では、東京が舞台の映画は東京で、ニューヨークが舞台の映画はニューヨークで、といったように、劇中の舞台を実際のロケ地に選ぶことが通例であり、撮影が難しい場合は劇中の舞台と似たロケ地を選ぶ場合が多い。しかし、キューブリック作品に限ってはその限りではない。キューブリック自身が渡航が苦手ということもありほとんどの作品の撮影がイギリス本土で行われているのだ。

本作もその例に漏れない。例えば、前半の訓練シーンはイギリス南部にあるバジングボーン基地とクイーンズ師団駐屯地がロケ地として使用されている。また、後半、海兵たちがスナイパーから狙撃を受け、次々と倒れていくシーンは、ロンドン郊外のコークス精錬工場の跡地をベトナムの都市・フエ(ユエ)に見立てて撮影されている。ベトナム戦争を扱った作品であるにも変わらずジャングルでの戦闘シーンがほとんど登場しないのには、こういった理由があるのだ。

なお、キューブリックは、ベトナムの戦場を忠実に再現するため、12万ポンド相当の熱帯植物を南イタリアから輸入。さらにベルギー陸軍から6両のM-47パットン戦車を借りている。また、ベトナム人役にはイギリス国内のベトナム人俳優はじめとする約5,000人の俳優とエキストラを起用し、撮影に臨んだという。

とはいえ、このベトナムが、単なるベトナムの模造品であるかといえば決してそんなことはない。むしろ彼の作ったベトナムは、現実のベトナムとは違う独特の異物感を帯びている。つまりキューブリックは、ベトナム戦争の惨禍を抽出し独自の形で再構成して再現することで、その歪さを浮き彫りにすることに成功しているのだ。

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