教科書に書かれていない宮沢賢治の素顔
共感を呼び寄せる巧みなストーリーテリング
聖人君子として語られることの多い賢治のイメージを脱神話化する試みは物語面でも見られる。注目すべきは、それが作品の共感性を高めることに寄与しているという点だ。
中学を卒業した賢治は、父・政次郎から、家業である質屋を継ぐように言い渡されるが、それを突っぱね、盛岡高等農林学校への進学を希望する。
妹・トシ(森七菜)の助けもあり、政次郎に進学の許可を得た賢治だったが、今度は、在学中にもかかわらず、“人造宝石”を製造するビジネスを思い付き、「200〜300円の開業資金を用意してくれ」と言い出す始末。ちなみに、大正時代当時、100円札は現代のおよそ30万円に値する。
若かりし頃の宮沢賢治が人造宝石を作ることに熱を上げていたのは紛れもない史実だ。現代に置き換えると、学生起業家がスタートアップに息巻いている姿を連想させる。とはいえ、重要なのは、息子・賢治が現代の若者に通じる気質の持ち主として描かれることで、息子に振り回される父・政次郎の葛藤がリアルな共感を呼び起こすという点だ。