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アメリカの夜 演出の魅力

メガホンをとったフランソワ・トリュフォーは、ジャン・リュック・ゴダールと並ぶ、“ヌーヴェル・バーグ”を代表する映画作家である。フランス語で「新しい波」を意味あらわすヌーヴェル・バーグは、即興演出、自然光を活かしたロケーション撮影、自由奔放なカメラワークなど、従来のルールを革新する“自由な映画づくり”を標榜、実践したムーブメントとのこと。

フランソワ・トリュフォー
フランソワトリュフォーGetty Images

ヌーヴェルバーグの映画作家たちはおしなべて熱心な映画オタク(シネフィル)であり、その作品には過去の名作映画へのオマージュがそこかしこに散りばめられている。既存のルールに縛られない、自由な発想によって制作された作品の根底には、映画への深い愛が刻まれているのだ。

映画製作現場を舞台とした『アメリカの夜』は、ヌーヴェル・バーグの名匠ならではの映画愛に満ちた作品であると同時に、撮影現場に集まった個性あふれるキャラクターたちの人生が鮮やかに交わる、群像劇の傑作である。

昼下がりの広場を1人の若い男が思いつめた様子で歩いている。若い男は初老の男に近づくと右手を振り上げて平手打ちをしようとする。しかしその瞬間、トリュフォー本人演じる映画監督によって「カット!」の声がかかり、一連の映像が劇中劇であることが判明。すると、カメラはセット全体を俯瞰する位置まで上昇し、スタッフやエキストラがぞろぞろと集まり、拡声器を持った助監督が修正点を告げて、再び撮影がはじまる—-。小気味の良いカット割りで撮影現場の雰囲気を活写し、観る者の心を一気につかむ見事なファーストシーンである。

その後も、映画制作現場で働く人々の姿が活き活きと描写される。シーンの内容を記録するスクリプターや、撮影用の雨や雪を降らす特機部など、業界人以外にはあまり知られていないスタッフの仕事も克明に描かれており、ドキュメンタリーとして観ても、十分に楽しめるだろう。

演出中のトリュフォーと主演のジャクリーン・ビセット
演出中のトリュフォーと主演のジャクリーンビセットGetty Images

女性助監督がカチンコ片手に本番そっちのけでスタッフの男と逢瀬にふけるシーンや、端役の猫がNGを連発し、スタッフ・キャストがジリジリと焦りをつのらせるシーンなど、思わず声を上げて笑ってしまうほどコミカルである。とはいえ、喜劇調のシーンが際立つのは、映画づくりに情熱をかたむける登場人物たちの姿が、極めて真剣かつ細部に至るまでリアリスティックに描きこまれているからに他ならない。

喜劇王・チャップリンは「人生は近くで見ると悲劇だが、 遠くから見れば喜劇である」という名言を残した。ヒッチコックやルノワールの作品とともに、チャップリンの映画も深く愛したトリュフォーは、映画制作現場で起きる出来事を、クローズアップとロングショットを巧みに織り交ぜて演出することで、悲喜が濃密に交錯する、普遍的なドラマに昇華している。

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