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アメリカの夜 脚本の魅力

タイトルとなった「アメリカの夜」とは、カメラのレンズに特殊なフィルターを装着して、夜のシーンを昼間に撮る「擬似夜景」のこと。カメラの精度が低く、デジタル技術が未発達であった1950年代までのハリウッド映画で頻繁に使用された撮影技法をタイトルに冠することで、脚本を執筆したトリュフォーは、古き良きアメリカ映画への愛とリスペクトを表明している。

撮影現場で歓談するスタッフ、キャストたち
撮影現場で歓談するスタッフキャストたちGetty Images

メンタルトラブルを抱えた女優が撮影スタートを遅らせるため、特製のバターを注文してスタッフを慌てさせるシーンは、ジョセフ・ロージー監督『エヴァの匂い』(1962)の撮影中に起きた実話を基にしている。ちなみに、モデルとなったのは、フランスを代表する女優・ジャンヌ・モローである。

上記のように、本作のシナリオにはトリュフォーが見聞きした実際のエピソードがふんだんに盛り込まれている。短いエピソードを矢継ぎ早に畳みかけるスタイルであるため、骨太なストーリーが繰り広げられるわけではないが、一つ一つのエピソードには実話ならではのリアリティが宿っており、終幕まで目が離せない。

終盤には主演女優のジュリー(ジャクリーン・ビセット)がトリュフォー演じるフェラン監督の前で、涙ながらに一夜の過ちを悔いるシーンがある。このシーンのセリフはそっくりそのまま劇中劇のシナリオに反映され、ジュリーはプライバシー侵害も辞さないフェランのクリエイティビティに呆れつつも、自身が語った言葉を今度はカメラの前で反復する。トリュフォーは自身の引用癖、それ自体を作品内に取り込むことで、物語に深みをもたらしている。もちろん、現在からすれば、ハラスメントであると非難されても仕方がない演出方法である。観る人によっては、映画づくりに向ける狂気じみた情熱に引いてしまうかもしれない。

ところで、トリュフォーは映画監督のみならず、映画批評家としての顔も持ち合わせている。充実した批評活動の中でも、とりわけ有名なのが、サスペンスの神様ことアルフレッド・ヒッチコックへのロングインタビューだろう。『映画術』と題されたトリュフォーによるヒッチコックへのインタビュー本は、映画を志す者ならば一度は目を通すべき名著。『映画術』発行の10年後に制作された『アメリカの夜』は、トリュフォー自身の創造の秘密がたっぷりつまった、『フランソワ・トリュフォーの映画術』と題されてもおかしくない作品であり、映画を愛するすべての人にとってバイブルとも呼べるフィルムである。

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