映画『バービー』に足りなかったもの
こうして、釈然としない思いを抱えて帰路についた私は、翌日ロバート・ゼメキス『マーウェン』(2018)を封切り以来で再見した。今回改めて確信したが、同作には、『バービー』にはなかったものがほぼ全て含まれていると言ってよい。
規範から外れたウィアードな中年男性であるマークは、ハイヒールを集める彼をクィアと罵ったバーの男たちによるヘイトクライムによって、心に大きな傷を負ってしまう。そんな彼は、バービーやG.I.ジョーが活躍する空想の世界であるマーウェンを通じて、少しずつ現実世界とのつながりを取り戻そうとする。
バービーランドと異なり、あくまでもマークの作り上げた空想世界であるマーウェンには、彼の性的ファンタジーやクィアな欲望もまた、随所に反映されている。
もちろんある程度のご都合主義が含まれてはいるのだが、実話を元にしたこの映画でなによりも素晴らしいのは、彼と日常的に接する数人の友人たちが、彼が作り上げた奇妙な世界を静かに見守ろうとする、その絶妙な距離を保った態度である。
一方で、理想の女性としてマーウェン内にも登場するニコルは、自らにマークの欲望が向けられる兆しを見てとると、彼からの求婚を丁重に断りはする。だが、その彼女の振る舞いは、彼の抱く欲望そのものを奇妙で気持ち悪いものと断罪し、否定するような態度とは決定的に異なる。
皮肉にも『バービー』の劇中で生き生きした存在感を放っていたウィアード・バービーの開かれた脚も示すように、ときに人間の欲望は奇妙でクィアな側面を孕む。まずそのことを認めて、尊重することこそが、単なる承認や包摂とは異なる形で、あらゆる多形的で多様な欲望を平等に肯定する道へと通じているはずなのだ。
もちろん、マーゴット・ロビーがサンダルを履いてもいい。しかし私には、ヒールを脱ぎ「地に足をつける」彼女とは逆に、『マーウェン』の最後に現実世界でハイヒールを履くことを選ぶマークの姿に、より心を揺さぶられた。
それは、彼が自らの空想世界を変貌させ、現実世界でも自身のクィアな欲望をついに肯定するためには、自身の努力と同じくらい、友人たちの支えが大事なものであったことが、同作では詳細に描かれていたからだ。
「有毒な男性性」を捨てた男=ケンたちは、これからどこへ向かえばいいのか。そのヒントは、『バービー』で彼らが展開するドタバタ劇よりもむしろ、ハイヒールを履き、自信を持って歩き出す映画『マーウェン』の主人公の姿にこそ垣間見えるような気がしてならない。
(文・冨塚亮平)
【作品情報】
キャスト:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、シム・リウ、デュア・リパ、ヘレン・ミレン
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
脚本:ノア・バームバック
プロデューサー:デヴィッド・ヘイマン
配給:ワーナー・ブラザース映画
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