グランド・ブダペスト・ホテル 映像の寸評
複数の回想によって構成されており、シーンによって3つの異なるスクリーンサイズが併用されている。少女が墓を訪れる冒頭の現代パートは一般的なサイズであるアメリカンヴィスタサイズ(1.85:1)。時が1968年に遡ると、横長のシネマスコープサイズ(2.35:1)に様変わり。さらに時が遡り、メインストーリーが展開される1932年に場面が移ると、縦長のスタンダードサイズ(1.37:1)に画面の大きさが変化するのだ。画面のアスペクト比を大胆に変化させることで、入れ子構造を視覚的に表現する、遊び心にあふれたアイデアだ。
撮影監督はアニメーション作品を除く、すべてのウェス・アンダーソン作品のカメラマンを務める、ロバート・D・イェーマン。どのカットも人物を画面の中心に据え、シンメトリー(左右対称)を取り入れたスタイリッシュな構図となっており、その洗練された様式美に息を呑むこと必至である
。また、照明表現にも工夫が凝らされている。婚約の契りを交わしたゼロとアガサがメリーゴーランドに乗るシーンを例にとろう。2人をサイドから捉えていたカメラは、カットが変わると、アガサの顔を正面からクローズアップで撮影。彼女の顔には柔らかいシャドーがかかり、背景ではカラフルなネオンがゆっくりと回転している。この幻想的な場面は「いつまでも観ていたい」と思わせる、必見のショットである。