名匠キューブリックによる戦争映画の傑作ー演出の魅力
『地獄の黙示録』(1979)しかり『プラトーン』(1986)しかり、ベトナム戦争を扱った作品は皆、兵士たちの戦いへの逡巡を描いた作品が多い。『フルメタル・ジャケット』もそんな作品のひとつといえるだろう。
本作は、ベトナム戦争への従軍経験を持つ小説家グスタフ・ハスフォードの同名小説を実写化した作品。監督は『2001年宇宙の旅』(1968)『時計じかけのオレンジ』(1971)で知られる巨匠スタンリー・キューブリックで、主人公ジョーカーをマシュー・モディーンが演じる。
まずは、ベトナム戦争についておさらいしておこう。本戦争は、ホー・チ・ミン率いる社会主義陣営であるベトナム民主共和国(北ベトナム)と、資本主義陣営であるベトナム共和国(南ベトナム)の戦争で、アメリカが歴史上唯一負けた戦争といわれている。
戦争は当初アメリカ有利に進んだものの、その後、南ベトナム解放戦線(ベトコン)の兵士たちが市民に交じって激しいゲリラ戦を展開。1973年にアメリカが撤退するまで20年もの長きにわたりアメリカを苦しめ、最終的に300万人以上の民間人と5万人以上の米軍兵士が犠牲となったといわれている。
この戦争がいかに常軌を逸していたかがわかる重要な要素が、軍上層部が報告を義務付けていたという悪名高き「ボディカウント(敵兵の死者数)」だろう。米軍上層部は、兵士一人一人にいわば「殺人ノルマ」を課すことで、兵士たちを殺人マシーンへと調教していったのだ。
こういった兵士たちの洗脳は、本作でも印象的に描かれている。前半の海兵隊キャンプのシーンの鬼教官ハートマン軍曹の吐く罵詈雑言だ。
「ふざけるな!大声出せ!タマ落としたか!」
「まるでそびえたつクソだ」
「アカの手先のおフ○ラ豚め!ぶっ殺されたいか?!」
「パパの精〇がシーツのシミになりママの割れ目に残ったカスがお前だ!」
ハートマンは、口を開けば壊れたレコードのようにこういったFワード満載のフレーズを連発し、徹底的に生徒を罵倒する。
こういった差別用語満載のセリフはポリティカル・コレクトネスを重視する現代では完全にアウトだろう。いわば「頭がおかしいヤツ=話がわからないヤツ」を演じることで、生徒たちに「学習性無力感(過大なストレスを与えることで抵抗する気力を失わせること)」を植え付け、新兵たちを殺人マシーンへと作り替えるのだ。
なおこのセリフ、元々は字幕翻訳家で知られる戸田奈津子が訳していたが、穏当な意訳だったことからキューブリックが作り直しを依頼。その後映画監督の原田眞人が原文に即した形で訳して上記の形になり、ぶっ飛んだ言い回しが大きな話題を呼んだ。
ハートマンのセリフは映画史上屈指の下品さだが、一歩間違えると意地の悪いコメディにも思える。戦争の恐怖は、実はこういった笑いと紙一重なのかもしれない。