カメラに収められた数々の奇跡ー映像の魅力
本作は、数々の奇跡に支えられた映画でもある。
最も有名なのがセリアズとヨノイのキスシーンの映像だ。俘虜長のヒックスリーを処刑しようとするヨノイの前にセリアズが立ちはだかり、頬にフレンチキスをする。この時、カメラはヨノイの顔とセリアズの顔をそれぞれアップで写しとるのだが、ヨノイのカットのみコマ落としのようになり、画面がカクカクとぐらついている。
セリアズへの愛から精神的な支柱が文字通り動揺するヨノイの心情を表現した象徴的なカットだが、実はこのグラつきはエフェクトではなく機材トラブルによるもの。フィルムを現像した際にこのカットのみ回転に異常が起き、1秒につき8コマしか使えなかったのだという(通常は1秒につき24コマ)。
本作の奇跡はこれだけではない。セリアズの処刑シーンでは、生き埋めにされたセリアズの顔に真っ白な蝶が止まるが、この蝶もセリアズ役のボウイがスタジオでたまたま見つけたものだという。このカットも、本作の耽美的な世界観を伝える象徴的なカットになっている。
なお、耽美的といえば、大島の「美的参謀」と称される美術監督、戸田重昌が手がけるセットも忘れてはならない。
『少年』(1969)の黒い日の丸や、『儀式』(1971)における葬式のシーンなど、抽象的なセットの中に日本人の精神性を浮き彫りにしてきた戸田。そんな戸田の作風は、軍属カネモトやセリアズの処刑シーンの様式美にはっきりと表れている。
また、戸田は本作の舞台となる俘虜の収容所のセットデザインも担当。撮影にあたっては約2万4000平方メートルの土地に温室をモチーフとした収容所をいくつも建設したという。