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既存の刑事ドラマへのアンチテーゼー脚本の魅力

北野武(ビートたけし)
北野武ビートたけしGetty images

本作の脚本はもともと、『眠れる森』(1998年)で知られる名脚本家、野沢尚が担当。しかし、北野は、監督に登板してから野沢の脚本を全面的に改稿し、「北野節」を随所に散りばめていった。

では、本作に散りばめられた「北野節」とはいったい何か。一言で言えば、従来の刑事ドラマに対するアンチテーゼだ。

例えば、我妻や菊地が麻薬売人の殺人現場に臨場するシーンでは、我妻たちは現場から離れた場所で金の貸し借りの話をするのみで、死体は映らない。

また、逃げた麻薬中毒者を追跡するシーンでは、途中で疲れた我妻が歩き出したり、犯人に返り討ちにされた我妻の同僚の刑事2人が自動販売機でジュースを買ったりといった描写が挟まれる。

こういった描写は、ヒロイックな刑事を主人公とした刑事ドラマでは絶対にあり得ない描写だろう。しかし、北野の場合は、従来のドラマでは忌避される描写をあえて加えることで、リアリティを際立たせることに成功している。

また、芸人出身の北野らしく、思わず笑ってしまうようなシーンが盛り込まれているのも大きな特徴だろう。

例えば、先述の追跡シーンでは、パトカーで現れた菊地と漫才のような掛け合いをしながら犯人を追跡する。また、他のシーンでは、妹と寝ていた彼氏をどつきながらバス停まで送るといったシーンもある。(彼氏役はたけし軍団の秋山見学者)。

こういった演出も、従来の刑事ドラマには見られないもの。つまり北野は、従来のドラマの”あるある”を否定することで、自らの映画作家としてのアイデンティティを確立していったのだ。

なお、脚本を担当した野沢は、監督としての北野の才能を認めながらも、脚本が無断で書き換えられたことに激怒。2003年にオリジナルの脚本を『烈火の月』というタイトルで出版している。

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